③神経締めすると何が変わる?

「神経締めって、いったい何をしてるの?」
「血抜きは聞いたことがあるけど、神経締めって何?」
たぶん、こう思う方が多いと思います。
魚を美味しくするために、背骨を通る神経(脊髄)をワイヤーなどの専用器具で物理的に破壊する。
ざっくり言うと、それが神経締めです。
でも、「なんでわざわざそんなことをするの?」
と思いますよね。
実は、魚は命を絶った後も、体の中ではしばらくいろいろな変化が起こっています。その変化をできるだけコントロールして、魚が本来持っている美味しさを長く保つ。
それが、神経締めをする大きな目的の一つです。
僕自身、今から30年ほど前に初めて神経締めの効果を知ったとき、
「同じ魚でも締め方ひとつでこんなにも違うんや!」
と、本当に衝撃を受けました。
それから自分でも神経締めをするようになり、
「神経締めした後の冷やしこむ温度、時間?」
「時間が経ったらどう変化する?」
「神経締めしてる魚、してない魚を比べたらどうなのか?」
いろいろ試してきました。
だから僕にとって神経締めは、単なる「魚を美味しくする技術」というより、
30年近く付き合ってきた、魚屋としての大切なテーマの一つなんです。
魚は死んだ瞬間に「止まる」わけではありません
ここから少し専門的な話をします。
魚は死んだら、体のすべての働きが一瞬で止まるわけではありません。
筋肉の中では、しばらく生命活動の余韻のようなものが続いています。
その中でも、魚の美味しさを考えるうえで重要なのがATP(アデノシン三リン酸)です。ATPは、筋肉を動かすためのエネルギー源。
魚が生きている間は、ATPが作られて使われています。
ところが魚が死ぬと、もう新しくATPを作ることができなくなります。
すると、体内に残っているATPが徐々に分解されていきます。
この過程で生まれる物質の一つがIMP(イノシン酸)。
これが、魚の「旨み」に深く関係しています。
つまり魚は、死んだ瞬間が一番美味しいわけでもありません。
死後の変化の中で、旨みが増していく時間があります。
これが、いわゆる死後硬直や、その後の熟成と関係してきます。
じゃあ、神経締めをすると何が違うの?
ここが本題です。
神経締めでは、魚の脳から脊髄に沿って走っている神経系にワイヤーなどを通し、神経を破壊します。
なぜそんなことをするのか。
魚が死んだ後も、筋肉には電気的な刺激が残っています。
そのままにしておくと、魚体が強く暴れたり、筋肉が収縮したりします。
釣ってそのままクーラーボックスに入れた魚がどうなるか?釣り人なら経験ある方多いと思います。
一度息絶えたはずの魚がしばらくするとバタバタ激しく痙攣する。
この状態が続くと、筋肉中のエネルギー源であるATPが急速に消費されてしまいます。
そこで神経を締める。
魚の神経系から筋肉への刺激を止め、魚体の無駄な運動や筋肉の収縮を抑える。
これによって、ATPをできるだけ残した状態から、その後の変化を進ませることを狙います。
簡単に言えば、「魚が死んだ後に、体力を無駄遣いさせない」
「生きてる時のパワーをそのまま残す」
というイメージです。
ATPが残ると、何が嬉しいのか?
ここが少し面白いところです。
魚の筋肉に残っているATPは、死後に徐々に分解されていきます。
ATP(アデノシン三リン酸)生きている間は常に作られ、死ぬとどんどん減る
ADP(アデノシン二リン酸)
↓
AMP(アデノシン一リン酸)
↓
IMP(イノシン酸)強いうま味成分。鰹節の旨味として有名。
ちょっと難しく感じますが簡単に言うと、
締めてない魚は死んでも死んだ後も暴れたおしてエネルギーを使い果たす。
これが、ADP、AMPの部分。
神経締めは生きてるうちに神経を破壊するので一切暴れない。
ATP→IMP
これがどういうことか?
生きているときのパワーそのままでうま味成分に変わるということ。
しかし、「ATPを残せば残すほど、そのままずっと美味しい」
という単純な話ではありません。
- ATPがどのくらい残っているのか。
- その後、どのくらいの速度で分解が進むのか。
- 魚の種類は何なのか。
- 温度管理はどうなのか。
- 血抜きはきちんとできているのか。
- 保存状態はどうなのか。
いろいろな条件が関係します。
だから神経締めは、魔法の技術ではありません。
魚が持っているポテンシャルを、できるだけ良い方向へ持っていくための技術だと僕は考えています。
「鮮度を保つ」と「美味しくする」は少し違う
ここも、ぜひ知っておいてほしいところです。
魚屋ではよく「鮮度がいい」という言葉を使います。
でも、鮮度がいい=必ず一番美味しい
とは限りません。
魚は死後、時間とともに状態が変化します。
死後硬直が進み、その後、適切な温度管理のもとで時間を置くことで、旨みや食感が変化していきます。
いわゆる「熟成」です。
神経締めの大きな意味の一つは、この死後の変化をよりコントロールしやすくすることにあります。
だから僕は、神経締めを「魚をいつまでも新鮮にする魔法」だとは考えていません。むしろ、「魚が美味しくなっていく時間を、より良い状態で作ってあげる技術」
という感覚に近いです。
30年前、僕が神経締めに衝撃を受けた理由
僕が神経締めに興味を持ったのは、今から30年ほど前です。
実際にその魚を食べたとき、
「何もしていない魚と、こんなに違うのか」
と衝撃を受けました。
もちろん、魚の種類や状態、温度管理、保管方法などによって結果は変わります。
だからこそ、そこから自分でも試してみました。
同じ魚で比べてみたり、
時間を置いてみたり。
魚を扱う仕事をしていると、
- 「昨日より今日の方が美味しいな」
- 「この魚は早めに食べた方がいいな」
- 「この魚は少し寝かせた方が旨みが出るな」
ということがあります。
そういう経験を積み重ねていく中で、魚は本当に奥が深いと感じるようになりました。
そして今でも、魚を触るたびに勉強させられています。
だから、さかなやひろさんでは「獲れた後」を大切にしています
前回のブログで、僕たちが血抜きにこだわっている理由を書きました。
今回の神経締めも、そこにつながっています。
僕たちが扱っているのは、漁師さんから直接届く、その日に獲れた天然魚。
そして漁師さんが、獲った魚を血抜きし、神経締めまでしてくれます。
獲るだけではなく、獲った後にどうするか。
ここまで含めて、一匹の魚の価値だと思っています。
血をきちんと抜く。
神経締めをする。
そして、その魚に合った温度管理をする。
そうやって、魚が本来持っている旨みや食感をできるだけ良い状態で、お客さまに届ける。これが、僕たちの魚屋としての仕事です。
「魚って、こんなに旨かったんだ」と思ってもらいたい
魚の値段だけを見れば、もっと安い魚はたくさんあります。
珍しい魚だから美味しい、というわけでもありません。
天然だから必ず美味しい、というわけでもありません。
大切なのは、その魚が持っているものを、どうやって食卓まで持っていくか。
僕はそこに魚屋の腕があると思っています。
魚好きの方には、
「この魚、どこまで美味しくなるんだろう?」
という楽しみを。
そして、「魚は臭いから苦手」
という方には、「魚って、本当はこんなに旨いんだ」
という経験をしてもらいたい。
そのために、僕たちは魚が獲れた後の仕事を大切にしています。
血抜きも、神経締めも、どちらか一つだけではありません。
魚を美味しく食べてもらうために、一つ一つの工程を大切にする。
それが、さかなやひろさんの魚です。
次回は、もう一つ僕たちが大切にしていること。
「さかなやひろさんでは、なぜ天然魚しか扱わないのか?」
についてお話しします。
「天然魚だから美味しい」
それだけではありません。
なぜ僕たちが、あえて天然魚だけにこだわっているのか。
そこには、魚屋として僕が大切にしている理由があります。
次回もぜひ読んでください。
